災害心理研究所 The Center for Psychological Studies of Disaster

福島の母たち・若者たちの心からの声を発信するプロジェクト

大学進学のために訪れた福島

ペンネーム K. M.
原発事故当時に居住していた市町村 秋田県由利本荘市
避難について 特になし
家族構成 父・母・妹・父方の祖母・祖父
年齢 20歳代


 大学進学のために訪れた福島で、私が震災の影を見ることはなく、震災当時の状況に想いを馳せることもなかった。しかし、大学卒業後「結局、今、福島ってどうなってるの?」と誰かに聞かれたとして、「よくわからないなぁ」と返すのでは味気ないなぁと思っていたし、自分の目で見て感じた答えが欲しいと思った。そんな想いから私は大学1年生の春、あるNPO法人のインターンに参加することになる。1ヶ月間地域に泊まり込み、地域を私なりに発信するという活動をさせてもらった。そこは、原発事故の影響で地域全体が避難区域となり、「一時は住む人が誰もいなくなった町」だった。しかし、その地域に1ヶ月住み、住民の方々と、話しながら、私はこの町が一時は避難区域であったという事実を何度も忘れそうになった。なぜなら、この町は、この町を元気にしようとする人で溢れていて、避難区域であったことを忘れさせるほどのパワーがあったからだ。地域の人たちが集い話し笑顔になれる場所を、と願い今まで経験のなかった食事処をオープンさせた人、子どもたちにこの地域のアイデンティティを残すために学校外での教育に力を入れる人、地域の特産を学び広めるための活動を行う小学生たちやそれを支えるお菓子屋さん、多種多様な人々が、それぞれの力を集め支え合うようにして、地域を盛り上げていた。どの人もこの地域が大好きだということが伝わってきた。原発事故により、一時は立ち入ることさえ制限されたこの町だからこそ、ここに住む人たちの故郷への想いはより深くなり強くなったのかもしれないと思った。

 「結局、今、福島ってどうなってるの?」という疑問を持つ人は、多いと思う。しかし、原発事故は数多くのメディアに取り上げられ、様々な情報が存在しているため、外部の人間に実態はつかみ辛い。ましてやそこに暮らす人々の状況など、なかなか考える機会もないだろう。だが、震災から10年、その地域に住む人がいること、その地域を愛す人がいることは、まぎれもない事実である。この県に住む者として、そして、地域を知るきっかけをもらった一人として、復興してゆく地域とそこに住む人々の姿は、「結局、今、福島ってどうなってるの?」と疑問を持つ人々に知ってほしいことだと感じる。

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