災害心理研究所 The Center for Psychological Studies of Disaster

福島の母たち・若者たちの心からの声を発信するプロジェクト

復興に必要な情報

氏名 三浦あゆな
原発事故当時に居住していた市町村名 仙台市宮城野区幸町


 震災当時、小学3年生だった私は原発事故の重大性や問題点などに関
して自分自身の力でよく理解することができなかった。そのために、
親やニュースによって何となくの危険意識が自分の中に出来上がって
いった。「どうやら放射線物質という体に悪いものが食べ物や空気中
にあって、原発の近くの地域やその地域の食べ物には気をつけなけれ
ばならないようだ。」くらいの認識であったと思う。私の母は様々な
憶測が飛び交っている間は福島県産のみならず東北産のものも決して
家族に食べさせなかった。買い物の際には、必ず生産地をチェックし
、私がカゴの中に入れようとした物を棚に戻されることもあった。そ
れから時が経ち、何度か放射線について学ぶ機会があった。学校で配
布されたパンフレットやテレビの放送で今までは理解が及ばなかった
ことも分かるようになった。その時に初めて、それまでの自分は浅い
理解しかしてこなかったという事に気づいた。そのような機会がなけ
れば、きっと当時の認識が引き摺られたままであっただろうし、それ
が曖昧なものであることにも気付かないままであったと思われる。そ
して、その曖昧な知識こそが風評被害を生み出しているのだと思う。
震災からしばらく経ち、検査によって安全性が確保されたとしても、
それを知らない人たちの大半は何となく危なそうだから避けておこう
という思考回路のままだったのではないだろうか。
 以上の問題を解決するためにはやはり正しい情報を定期的に発信す
る事が必要だ。しかし、そこでもまた違う問題が生じている。被災者
とそうでない者の温度差である。日々、多くの情報が溢れ、次々と報
道内容が変わっていく中で正しい情報を伝える事は難しい事である。
受け手の知る姿勢がなければ受け流されてしまう。風化とは自分とは
無関係だという雰囲気が漂うことでもあると思う。しかし、震災を経
験していない人、震災前の日常を取り戻した人たちがそのように感じ
てしまうのは仕方ないのかもしれない。その人たちにはその人たちの
現実があるからだ。だが、いずれまた災害はやってくる。全ての人に
関係があるということを強調し、当事者意識を育てる事が大切である
。さらに、ただ悲しい、苦しいと嘆くだけのネガティブなストーリー
には誰も触れたがらない。そこから学ぶべきことを学び、次に活かす
ことを目的とした未来志向の報道を心がけるべきだ。

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