災害心理研究所 The Center for Psychological Studies of Disaster

福島の母たち・若者たちの心からの声を発信するプロジェクト

これからの私にできること

氏名 方波見亜美
原発事故当時に居住していた市町村名 鉾田市


東日本大震災があったとき、私は、まだ福島県には住んでいなかった。そして、大学生になって福島県に住んでいるとは、その時には全く想像していなかった。この機会をきっかけに福島県のこれからにどう関わっていけるのかを考えてみようと思う。まず、福島県を県外から見ていて感じたことは、心配な部分が多く、復興には時間がかかるということである。ニュースや新聞、SNSから得られる福島県の情報について見てみると、食べ物の安全性を疑うもの、病気との関連性を疑うもの、環境を破壊するものなどのような危険に思われる情報について目立つように感じていた。私も福島県に来る前は、このような情報を聞いたり、目にしたりすることが多かったので、福島のイメージについて、不安に思うこともあった。また、復興や支援についても何がどのくらい進んでいるのかについてもよく知らなかった。しかし、福島県に来て、実際に県内から見て感じたことは違った。まず、福島県に来て感じたことは、外から見ただけでは何も知れないということである。福島県について何となく知って、大変だと思うことは簡単だ。福島県に来る前の私は、まさにそのような状態だった。福島県に来て、大学で学び始めて、福島県について、また、震災の復興や支援についての知識を改めて知り、考え直すきっかけになった。その中で、特に考えさせられたのは食べ物についてであった。まず、主食である米について、福島県産の米は、家庭用に販売されるよりも、外食用に販売され、産地も明らかにならないということを知った。安全性は確認できているにもかかわらず、値段が以前のようには戻らない結果だと考えられる。また、ジビエ産業について、現在も放射線の影響による出荷制限が問題であることを知った。基準値を超える猪は半数になったのにも関わらず、出荷ができないことによって、全て焼却処分されてしまうということは知らなかった。分かりやすい身近な食べ物についても県外から見ただけでは知らないことが多かった。他の分野についても同じだ。これからの福島県とどう関わっていくかについて考えたとき、私は、まず、県外出身だからこそ、知らなかった福島県についての情報を県外にアピールしていきたいと強く感じた。実際に目で見て、触れ、感じた情報を発信していくことで福島県を盛り上げていく手助けのひとつになればいいと思う。

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